ぷ・ぶん殴られ事件は何故笑えるか
有田「この記事は『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン 第44回』を聞いてから読んでいただけるとありがたいと存じております。」
上田「だから、『存じて』の使い方間違ってるだろ!」
2018年8月31日、人気ラジオ番組「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン(以下、くりぃむANN)」が復活した。
この番組は2005年7月から2008年12月に約3年半に渡って放送され、3年半のレギュラー放送が終わっても根強いファンが復活を待望していた。
そして2016年6月、およそ8年ぶりに一夜限定で復活。以降2016年12月、2017年5月、そして2018年8月と度々特番で復活している。
「くりぃむANN」の魅力は、何といってもくりぃむしちゅーの二人が繰り広げる絶妙な会話の応酬、そしてありとあらゆる人物が笑いのネタになる幅の広さだ。
芸人、マネージャー、ラジオスタッフ、ハガキ職人など枚挙に暇が無いが、「その中で特に印象に残ったのは?」と聞かれたら、この番組のファンの多くは熊本県立済々黌高等学校ラグビー部の面々を挙げるのではないだろうか。
熊本県立済々黌高等学校ラグビー部とはくりぃむしちゅーが学生時代に所属していた部活であり、第44回の放送の際、有田が上田の記憶力をテストするという口実でラグビー部の話題を出したところ、リスナーから大好評。その結果、続く第45回は「ラグビー部祭り」と称して、高校時代の部活の話だけでスペシャルウィークをこなすという前代未聞の事態となった。
済々黌ラグビー部がこの番組に与えた影響は極めて大きく、その後の放送でもくりぃむしちゅーが度々名前を出すばかりか、レギュラーコーナーでラグビー部に纏わるネタハガキが投稿されない日はほぼ皆無と言っていいほどになった。
そんなラグビー部の話の中でも群を抜いてインパクトがあったのが、今回のタイトルにもなっている「ぷ・ぶん殴られ事件」である。最初にその一部始終が語られてから12年以上経った今年8月の復活放送でも、この事件を元にしたネタが送られてきた位だから相当な物だろう。
が、冷静に考えるとこの「ぷ・ぶん殴られ事件」、かなり悪質だ。はっきり言って笑い話には程遠い内容だったりする。
概要を掻い摘んで説明すると、
ラグビー部の監督が部活動で部員達にボールを扱う技術指導を行うため、部員の一人を相手選手役で起用した。
その際、本来なら監督が相手選手役の部員からボールを奪い取る工程を見せるはずが、自身の力不足でボールを奪取できず、ボールを獲得したのは部員の方だった。
直後、監督は部員を殴り倒してボールを強奪した挙句、あたかもそれが正攻法の手段であるかのように振舞った。
・・・これは酷い。近年パワハラや人権侵害が様々な競技で生じている事が浮き彫りになり、スポーツ界全体が大きな騒ぎになっているが、それらとは根本的に次元の違う問題である。何せ体罰やラフプレーですらなく、完全な八つ当たりなのだから。今同様の事件が起きたら、間違いなく指導者には厳罰が下されるだろう。
と、常識で考えればそうであるにも関わらず、この放送で「ぷ・ぶん殴られ事件」を聞いた時、私は思わず笑ってしまった。そして他のリスナーの多くもそうだったからこそ、ラグビー部ネタは今でも鉄板の題材になっているのだ。
それはひとえに人気お笑いコンビ・くりぃむしちゅーの話術の賜物なのだが、せっかくなのでその詳細を素人なりに分析してみようと思う。
上田「おい!俺を分析するのは・・・」
自分「何か!」
上田「いや、だから分析・・・」
自分「何か!」
上田「だから・・・」
自分「何か!」
上田「はい・・・どうぞ。」
自分「じゃあ始めるもんね。」
ポイント1:ラグビー部の話を何例か出してリスナーを慣らさせた。
まず、くりぃむの二人はいきなり「ぷ・ぶん殴られ事件」の話をしたわけではない。先に述べた記憶力テストで一番最初に有田が名前を出したのはラグビー部顧問の黒瀬直邦先生で、次はラグビー部の米森先輩、「ぷ・ぶん殴られ事件」に話が移ったのはその後だ。
そしてこの一番手たる黒瀬の話の時点でくりぃむはリスナーの心を鷲掴みにしたのである。
あだ名が音読みで「ちょっくに」だの、直の字を頭に持ってきて「直瀬(なおせ)」ならまだしも「直瀬(じきせ)」だの、いかりや長介に似てる感じがしたから「いか長」だの、「黒瀬」をひっくり返して「瀬黒」だの、この下りを聞くだけでも
「あ~、俺も学校の先生に変なあだ名着けてたな~!」
とリスナーはくりぃむの話に親近感を覚え、引き込まれていった。
そこから畳み掛けるように、大事な試合の前日、監督(「ぷ・ぶん殴られ事件」の元凶たるマサキヨ監督)が部員を叱咤激励しているのにも関わらず、
「ちょっとよかですか?」
といきなり乱入した挙句、
「お前達は学生だね?」
と答えが分かりきっている不可解な質問をした上に、
「だったらまず今日は帰って、明日の試合よりもまず宿題をしろ!」
と、「いやそれも大事な事だけど、この流れで普通そんな事言いますか?」と問いかけたくなるような空気の読めない発言をした事が明かされる。
おまけに、
部員「いやでも、明日は!」
黒瀬「何か!」
部員「試合が!」
黒瀬「何か!」
部員「大事な!その、」
黒瀬「何か!」
部員「大事な!」
部員「はい・・・」
黒瀬「何か!」
部員「はい。」
黒瀬「よし。え~、僕から以上!」
と後にハガキ職人が何かと引用する事になる、相手の発言をとにかく強引に封じる「何か問答」も披露された。
この余りにもマイペースすぎる一連の黒瀬の下りだけで、「済々黌ラグビー部ってのは随分と個性的な人がいる所なんだな」という印象をリスナーに与える事に成功し、有田が新しい名前を出す度に「次はどんな面白い奴が来るんだ?」という期待感をリスナーは募らせていったのである。
さらに、続く米森先輩の話をする際、頓珍漢な交代の指示を出したのが先のマサキヨ監督だったり、交代されそうになったのが「ぷ・ぶん殴られ事件」の被害者である中瀬だったりと、くりぃむしちゅーが狙っていたわけではないにせよ、結果的に事件についてある種の前フリや伏線になっていたのもささやかながら効果を発揮していたかもしれない。
ポイント2:当事者の名前でまず笑わせる
黒瀬先生、米森先輩と来ていよいよ「ぷ・ぶん殴られ事件」に入るわけだが、事件の内容に触れる前にまずは当事者の紹介で一笑い頂きにいくのがくりぃむ流だ。
上田「例えば『おい中瀬~!』とかって言った時、普通だったら『ん?』とかっていう、その『ん?』が『ぷ?』に聞こえる。」
一同「(笑)」
上田「ぷ!」
有田「はいはい。」
上田「『ん?』が『ぷ?』に聞こえる。」
有田「『ぷ?』」
上田「『ぷ?』」
一同「(笑)」
上田「『な、何~?ぷ?』っていう感じで喋ってたから、」
有田「あだ名が?」
上田「だからあだ名が『ぷ』。」
一同「(笑)」
上田「もうその一文字。史上初だろうな!一文字のあだ名は。」
有田「一文字のあだ名ね。」
と、この度の事件の当事者となる中瀬のあだ名がたった一文字「ぷ」という、どうでもいい上に下らない、が、それ故につい笑ってしまう情報が提示される。この「ぷ!」の破壊力は本当に強烈で、困ったら「ぷ!」で強制的にオチをつけるネタハガキも多く投稿された。
ポイント3:事件名でも笑わせる
名前だけで笑わせてくれたぷ。もうこの時点で「さあ、こいつにはどんな面白い出来事があったんだ。早く話してくれ上田に有田。」とリスナーは期待せずにはいられない。しかし、ここから本題に入る前にさらにもう一笑い、大好きなウケを狙う貪欲さがくりぃむの神髄だ。
有田「じゃあ(『ぷ』こと中瀬が関わった)その中の一つの事件、代表的な事件を一つ言いなさい。」
上田「代表的な事件~?いや、本当にいくらでもあるんだって。」
有田「いやでも代表的な事件よ。」
上田「代表的な事件ね~。じゃあ・・・」
有田「何事件?」
上田「あ~、じゃああれか。お前が求めてんのはわかったわ。」
有田「何?」
上田「え~、『ぷ・ぶん殴られ事件』だろ?」
有田「はい。『ぷ・ぶん殴られ事件』です。」
一同「(笑)」
有田「題しまして『ぷ・ぶん殴られ事件』。」
上田「っていうのを、」
有田「まずこの響きで、『ぷ・ぶん殴られ事件』って響きが面白いなって事で、そこで流行ったんですよね。」
上田「だいたいさ、普通さ、あんまりそういう事件名をさ、歴史的出来事みたいにつけないよな。高校生がさ。」
有田「まあ『上田ぶん殴られ事件』とかだったらいいけど、『ぷ』、『ぷ・ぶん殴られ事件』。」
上田「がはははは(笑)」
有田「『ぷ』で一回切るところで(変な面白さが出る)。」
この様に、有田も指摘しているが事件名である「ぷ・ぶん殴られ事件」という響き自体が既に愉快すぎる。「殴られ」という不穏な単語が入っているにも関わらず、どこか楽しい雰囲気を醸し出しており、「一体どんな内容なんだ?」とつい気になってしまう。正にネーミングの勝利と言わざるを得ない。
こうして本題に入る前から当事者と事件の名前だけで既に最低2回、その前のラグビー部関係の話も加えると、それ以上の回数でリスナーは笑ってしまっている。こうしてくりぃむの会話の波に乗ったリスナーは完全にラグビー部の虜になり、続く「ぷ・ぶん殴られ事件」でも笑う態勢がしっかり整ってしまったのだ。
ポイント4:加害者をひたすら小馬鹿にする
こうした長い前置きを経て、ようやく「ぷ・ぶん殴られ事件」の本題に突入するのだが、ここでも重要な点を見つけた。それは中瀬を不当にぶん殴った今回の元凶、マサキヨ監督を要所要所でコケにしている事だ。
上田「俺らがまあ高校一年生、まあラグビー部入って一ヶ月経つか経たないかぐらいよ。」
有田「はい。」
上田「ね、あの~、(マサキヨ監督が)一年生に色々とこうルールを教えたりとかするわけ。」
有田「はい。」
上田「『じゃあ二年生、三年生、お前らはこれからこの練習やっとけ~!』って言って、『よし、一年生。はい、え~もういっちょ集合!』みたいな感じで。」
有田「(笑)」
上田「あの、このマサキヨさんの口癖ってのが、」
上田・有田「『もういっちょ集合!』」
一同「(笑)」
上田「朝一でも『もういっちょ集合!』だよ。まだ一回も集合してねえのに、」
有田「余談ね。」
上田「『もういっちょ集合!』」
有田「あくまで余談だけど。」
上田「これあくまで余談ね(笑)」
こんな思わず余談で突っ込みたくなる変な呼びかけから、
上田「その時の練習が、『高いボールを取るにはどうしたらいいか。』っていう。」
有田「まあ基本的な話ですよね。」
上田「まあ、ルールって言うよりは練習方法だよね。」
有田「はいはいはい。」
上田「で、高いボールが来ましたと。ね、その時にどうやったら取れるかっていう話をマサキヨがし始めたわけ。」
有田「背がちっちゃいんだよね監督ね。」
上田「『俺の身長は165cmぐらいだ。でもこんな低い奴でも高いボールを取る方法があるんだ。よし、ちょっと証明しよう!』ってなって、『え~中瀬!ちょっと来い。』中瀬は186cmあるわけ。あいつは。」
有田「普通争ったら、背が高い奴がバスケットと同じで(ボールを)取りますよね。」
上田「そうそう。だから誰かもう一人にね、『ちょっとボールを俺と中瀬のお互いの頭の間の上ぐらいにポーンと飛ばしてみ?』って言いました。『いいか。俺がまず立ったままで取れるかどうか試してみよう。はいボール上げろ!』ポーン。パチ!そりゃ中瀬が取るわけ。」
有田「背が高い方がポンと取りますよね。」
上田「186cmだからね。『ただ、こういう中瀬のような背の高い奴を上回る方法がある!』って言って。」
有田「何だ画期的な。」
上田「画期的な(笑)、マサキヨが、5m位後ろに下がったんだよな。後退りして。『よし、中瀬の頭の上にボールを上げろ!』で、ボーンと(ボールが)行ったら、ダダダダダダダ!って走ってきて、ボーン!とジャンプしたんだ。」
有田「そう!」
上田「全然画期的でも何でもねえ!」
有田「ただジャンプして取る!」
一同「(笑)」
有田「これを教えたいわけ。高いボールを取る時はジャンプして取れば、」
上田「ハハハ!言えばいいよ(笑)」
有田「背が高い人よりも!取れるんだと。」
上田「でもじゃあ背高い奴がジャンプしたら、」
有田「終わりじゃねえか。」
上田「やっぱり負けじゃねえか(笑)、みたいな事なんだけど。」
上田プロパンのガス並みに中身の薄い技術指導。
こうしてマサキヨ監督を随所でいじる事により、「マサキヨ監督もこれまでの面子に負けず劣らず面白れえなあ。」とリスナーに思わせていく。
そして・・・
上田「で、タタタタタ、ドーン!と(マサキヨが)ジャンプして、パーン!って、(ボール)取ったのまた中瀬だったんだよ。」
一同「(笑)」
上田「ジャンプしても届かなかったんだよ(笑)」
有田「中瀬のとこに(ボールが)スポッと入ったんだよ。」
上田「ハハハ!(笑)」
有田「(マサキヨは)取れなかったの。」
上田「全然マサキヨ取れなかったんだよな(笑)。ボールな。そのボールを。で、マサキヨどうしたかっていうと、『あれ!?ヤベえ!』ってなってるじゃんか。」
有田「皆見てるから。」
上田「皆見て、『こうすれば取れる!』って言ったのに取れなかったから。そこでマサキヨがやった事が、中瀬のボディにパンチを入れて(笑)」
一同「(笑)」
上田「体をくの字に折らせてボールを奪うっていう(笑)」
有田「最初はね、跳んでたんだよね。一生懸命。スポーンって入った後もずっと跳んで。」
上田「跳んで、中瀬から取ろうとしたけど。」
有田「で、届かないから(笑)パンチ、バン!ボコ!って入れて、(中瀬がボールを)ポロってやったとこボン!って取って、こっち側に来て、一言ね。」
上田「『な、そうだろ?』って。」
一同「(笑)」
上田「違うよ(笑)。そんな方法は無しだよ。何が『な!』だよ。同意できねえよ(笑)」
遂に中瀬が殴られるという話の核心に触れる際もマサキヨいじりを欠かさない。、
この徹底した姿勢が、「ぷ・ぶん殴られ事件」の印象を「監督が生徒に振るった理不尽な暴力沙汰」ではなく「間抜けな奴等の珍騒動」に変えていったのだ。
というわけで改めて要点を整理すると、
「まず他のラグビー部関係者の話でリスナーを引き込む」
「核心に触れる前に当事者の名前で笑わせる」
「更に事件名でも笑わせて勢い付かせる」
「加害者も笑い者にして不快感を中和させる」
更にこれに加えて「そもそも事の経緯が余りにも無茶苦茶」も大きな要因と言えるかもしれない。
もし、「ぷ・ぶん殴られ事件」が上に挙げたように体罰やラフプレーの強要などによるものだったら流石のくりぃむしちゅーもラジオで扱えなかった可能性がある。
だが実際の内容は、「身長差のハンデを越えて自分が鮮やかにボールを取るはずが、全力でジャンプしたのに立ってるだけの生徒に敵わなかった。なので殴って取った。」
もはや子供の喧嘩並に馬鹿馬鹿しすぎる理由だ。余りにもアホらしくて、「真面目に突っ込む気すら失せる」次元に到達し、「低レベルすぎて笑うしかない」事態に至ったと言えよう。もちろん殴られた中瀬からすれば大迷惑だが。
意図的であったりそうではない要素も入り混じっているだろうが、「ぷ・ぶん殴られ事件」が番組を代表する笑える思い出話になった理由はこんな所だろう。
しかし、繰り返しになるが「ぷ・ぶん殴られ事件」は人気お笑いコンビ・くりぃむしちゅーが話すからこそ笑えるのだ。もし21世紀の現在、同様の事態に直面したら毅然とした態度で然るべき行動を取ることをオススメする。僕から以上!